読売新聞(関東版)のコラム「しあわせ 小箱」の連載5回が無事終りました。恥ずかしいような、それでも懐かしい気持ちいっぽいの記事になっておりました。
小さいながらこんな本屋も頑張って生きているという事をお読みいただければ私にとってこの上なき幸です。何卒イセザキ書房をお願いします。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しあわせ 小箱 海へ送る本※1
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洋上のお客様に便り」
イセザキ書房は、横浜市中区の老舗の本屋。「あなたの知ってる♪」の歌詞 で始まる「イセザキ町ブルース」の街にある。構えは大きくないが、店を開いて半世紀以上になる。読書が好きな人には書店経営はあこがれの仕事だけど、 その毎日は目が回るほど忙しい。書棚の整理に客の案内、新刊書の紹介、発注と返品。シャッターを下ろした後は、こつこつと売上を計算する。「一日があっと いうまにすぎていきます。」そう話す店主の佐藤智子さん(76)が多忙の中にも大切にするのは、お客に出す手紙だ。「空の色、風のささやきが秋の深まりを 感じさせます。イセザキ書房の本をお買い上げくださいまして感謝しております。」日に4、5通。季節の移ろいを青いインクで記していくと、お気に入り の青空柄の便箋がすぐになくなる。売り場の奥。薄暗い3畳ほどのスペースに小さな机があり、そこでせっせと書く。四季や風景を織り込むのは母国に思いをは せてほしいから。あて先は、はるかかなたの海を旅する船乗りたちだという。
近所のおじさんやおばさん、予備校生のお兄さん。お得意さんは数え切れないが、同じくらい大切にしてきたのが洋上のお客様。店の50年以上の歩みは世界の海へ本を送る営みでもあった。港ヨコハマにこんな本屋さんがあるのを、あなたは知ってた?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しあわせ 小箱 海へおくる本※2
「
本棚載せ港めぐり」
横浜市中区のイセザキ書房が、船乗りの相手の仕事を始めたのは1958年 頃という。店主の佐藤智子さん(76)にはセピア色の思い出がある。伊勢佐木町かいわいは当時、横浜随一の繁華街。大きな船が寄航するたび、たくましく 真っ黒に日焼けした船乗りたちが街にぶらついていた。店にひょいと顔を出して本をまとめ買いする姿も。ひとたび日本を離れると何百日も帰れない。長い航海 に備えて好きな本を手に入れていくのだ。亡き夫の禎志さんがそこに目をつけた。「それなら本を船まで運んでいこう」。こうして佐藤さんの店は、海を行く船 に商品を届けるシップチャンドラー(船舶納入業)となった。
トラックをワゴン車のように改造し、本棚を載せて港へ。「港の本屋さん」は大当たり で、その後、水色に塗られた車は9台に増え、横須賀や川崎、千葉など東京湾の港を駆け巡る。屋根の上には「イセザキ書房」とペンキで描いた。船のブリッジ からすぐに見つけてもらうためだ。「南極に向う捕鯨船、北洋のサケマス漁船・・・・・・・・七つの海を渡る船のお客さんは、いつも心待ちにしてくださいま した。」佐藤さんはその頃がとても懐かしい。が、80年代を過ぎてからは物流の流れが大きく変わり、港に立ち寄る船が少なくなった。お得意様はまだたくさ んいるのに・・・・・・・・・さてどうしたものかしら。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しあわせ 小箱 海へおくる本※3
「
世界の港に先回り」
そうだ、港に本を送ればいいんだ!横浜市中区で本屋を営む佐藤さん夫妻 は、はたとひらめいたアイディアにうなずきあった。1980年代以降、海の物流が様変わりし、日本に寄船する外国航路の船がめっきり減った。船が来ないな ら、海外の寄港地に本を届ければいいのでは・・・・智子さん(76)らはさっそく実行に移す。船乗りたちからの注文を取り次いでもらうように船会社などと 交渉。七つの海の港々に航空便で書籍を先回りして送り、船員さんたちが寄港地で受け取る仕組みを作った。船の上は娯楽が少ない。長旅では文字や写真は慰め になるのだろう。船員達から次々にシンガポール、韓国、釜山、台湾・基隆・それに原油プラントがひしめく中東の湾岸諸国。宛先として指定される港は様々だ。
送 るのは小説や雑誌。各国の地図。調理師からは料理の本を頼まれることもある。「ん?これはちょっと難しいかも」。ダンボール箱に本を詰めている時、ふと手 が止まる。グラビアが巻頭を飾る週刊誌などは露出がそれほど高くなくても、規制の厳しい国では税関ではねられる可能性があるためだ。
楽しみに待ってくれるお客さんに、どうか無事で届きますように・・・・。日本の文化をいっぱいに詰めたコ小包が横浜から世界の港に旅立っていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しあわせ 小箱 海へおくる本※4
「
これが夫婦なの?」
横浜市中区のイセザキ書房店主、佐藤智子さん(76)のお気に入りの場所 は、お店近くのコーヒーショップ。2階の窓際の席で、伊勢佐木町の並木の緑を眺めて一息つく。思い出すのはこの街に引っ越してきた頃の夫、禎志さんの若 かりし日の姿だ。表通りから少し横道に入った今の場所に店を移す前、イセザキ書房はこの窓から見渡せる辺りにあった。横須賀で営んでいた書店が手狭にな り、20坪ほどの店を開いたのだった。禎志さんとは故郷の香川で出会った。「私の体は99%だんなのもの」と佐藤さんは言うが、そう色っぽい話ではない。 とにかく厳しい人で甘えを許さない。仕事にもたつき、手が飛んできた事も一度や二度ではない。夫婦というより、先輩後輩といった方がふさわしいかも。仕事 以外も同じ。家庭のこと、社会のつきあい方、何でもかんでも口うるさく、徹底的に叩き込もうとする。「たまにはデートだ」と逗子の海に連れて行かれた時に はあぜんとした。「きみはボートをこぐ練習をしなさい」と行き交う波の上でオールをもたされた。
これが夫婦なの?と愚痴がこぼれることもあったが、夫が17年前に世を去ると、大きな喪失感に襲われた。仏前でうなだれていた時、夫の言葉が聞こえてきた。「きみは大丈夫。生きていくためのすべてを僕からまなんだのだから」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しあわせ 小箱 海へおくる本※5
「
読み人たちの港」
横浜市中区のイセザキ書房が取引する船は100隻以上。店主佐藤智子さん (76)が船員たちを送る本に手紙を添えるようになったのは、ここ数年のことという。インターネットもメールもある時代に手書きの手紙が寄港地に届くのは 格別だと、なじみの船乗りが言ってくれた。最初はお得意様への感謝の気持ちをしたためていたが最近、大切な事に気づいた。「私の残る時間のすべてをかけて 「本読み人」を一人でも多く増やしたい。一冊でも多くの本を読んでもらいたい」。ことあるごとにそう書いている。活字の一つ一つを追いかける事が血となり 肉となって素晴らしい暮らしと社会を作る。それが亡き夫の信念だった。イセザキ書房は紙芝居の品揃え多数。子供達に書物を親しみ、未来の「本読み人」に 育ってもらいたいからだ。読書は人生を豊かにする。この仕事を頑張って続けていこうと思う。本屋は広大な活字の海へ、皆さんを送り出す港だから。(了) 文・西島太郎
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・読売新聞9月28日~10月2日に掲載されました。
ありがとうございます。
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