2009年11月7日土曜日

晩秋の空に美しき女心

晩秋の空を眺めていると色々な事を思い出す。
戦後の過渡期の中で国民学校と改められた小学校を卒業し、最後の女学校の生徒として入学し新制高校併設中学校を卒業しそのまま新制高校へ入学。途中から男女共学の為、高校となった元女学校へ男子生徒も入学してきた。
今で云う中・高一貫教育を受け疎開したり焼け出されたり又、外地から引き上げて来た人達で田舎の高校にしては恵まれた教師、恵まれた友人にも出会えた。
例えば、山本五十六と共に南の空に散った桶端大佐の娘さんも私と同じクラスで級長・副級長として親しく学んだ。でも、一年間で母の実家の方へ転居したまま、その後の様子はまったく分からない。
男子学生が入った為。クラブ活動も従来よりは楽しく且つ充実して来たと思う。私は弁論部に入り県大会で優勝したり、討論会活動も楽しかった。勉強になった。

又、体育部等は女子だけの時とは異なり、とても活気づいていた。私の一番の親友は卓球部のキャプテンであったので男子が沢山入部してきて生き生きとした部活動をやっていた。
その部員の中に背の高いハンサムな男の子がいた。
私の友人は特別美人ではないが、コケティッシュな魅力を持っていた。
私達も含め5~6人でよく一緒にキャンプへ行ったり船泊まり旅行等をしたりしていた。
そんな時は。みんな雑魚寝で夜のふけるのも構わず喋り続けた。
何を話す事があったのだろうか。思い出せないけれど。
絶える事なき会話に酔いしれて楽しんだ。
意地悪な私はこんな事を云った。
「ねえ。T君キャプテンが倒れたらどうする?」
T君は即座に答えた。

「僕が抱いて病院へ連れて行きます」

当然の返事だけど私には「抱いていく」というフレーズが何とも云えないT君の気持ちそのものを、云い得ているようで嬉しいような妬ましいような表現し難い気持ちを今も忘れる事が出来ない。
その時、ああT君はキャプテンに恋してるなと確信した。
今の時代だったら、どう変化したか分からないが、何せ60年前且つ私の友人は親の決めた人がもうすでにいた身。私の友人もT君を好きな事は私は知っていた。
でも、どうする事も出来ない事も分かっていた。
私達は一年先に卒業して、学校を離れた。
T君はもう一段ランクの高い高校へ試験を受けて転校して行った。私は以後一度もT君と会う機会はなかった。

そして私の友人は家の定めた立派な男性と結婚して二人の男の子の母になった。二人共、九大を卒業して夫々一流会社に就職し平和で幸せな家庭を営んでいる。
私の友人も二人の息子と孫の話でいっぱい。
T君のことはその後、口の端にのぼる事はなかった。

そして時は流れ先年、私の友人は夫を亡くし、未亡人になった。

風の便りに聞いたものか、T君から二年前の年賀状に「人生の悲しみにめげず頑張ってください」と書いたハガキが届いたという。
私の友人はずーっと忘れてしまってはいなかったが、心の奥の奥にしまいこんでいる艶かしい思い出に涙を流した。私が「もう一度、みんなで会いたいね」と一寸云ってみたが、首を横に振り「私の素敵な思い出が壊れそうで会いたくない、私の胸の奥の奥に一生残しておきたい初恋の思い出は宝石よりも素晴らしいもの」と云ってほろほろと白いハンカチを涙でぬらした。

私はあんなにお茶目で明るい彼女のこんな顔は見たことが無かった。
そうだったんだ。ずーっと、ずーっとT君への思い出は彼女の胸の奥深くに何十年も残されていたんだと胸が熱くなった。

もう76才のおばあさんの女の胸の奥深く、青春のかけがえの無い恋心は生きていたんだ。私は再び晴れ渡る晩秋の空に美しい女心をみた。

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今週のおすすめ本

「恥の殿堂」
小学館101新書 058
落合信彦/著

出版社名 小学館
税込価格 756円


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