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2013年10月5日土曜日

もうあと何が残っているだろう

山崎豊子氏が亡くなった。
週刊新潮に連載が始まったばかりだったのに。
「あ、又、壮大なドラマが読める。」
嬉しいと感じたばかり。
この作家のものは大作ばかりで
生きている者に大いなる生きる力を与えてくれた。
私はドラマ化された面もあるけれど
『大地の子』には感動した。
あの主人公のような人は沢山いたと思う。
本当の父と育ててくれた父母。
右旋か左旋か非常に難しい。
そして「自分は誰の子でもない。大地の子だ。」
と読んだ時は、私は涙をこぼし
「そうか、そういう結論を出したか。」
と作者に偉大なもの強く感じた。

著者88才になっている事は全く忘れていた。
女優じゃないから、顔姿を観る事はない。
ただただ一作一作私の一番人生の中で
のっている時代に私に作品を贈ってもらった。
年令の事は全く心の隅にもなかった。
88才のその女性が死の直前まで
ペンを握っていたという事にも
私は表現しようもない感動をいただいた。
私は、私自身も含めて己の信ずる道の中で
バッタリ倒れて死ぬという事は
素晴らしい事だと今でも思っている。
私もそうありたいとずーっと前から考えていた。

もう一人40年前(昭和39年)、
日本であったオリンピックの中で
日本人に感動と感激を与えたバレーボール。
大松監督の考え出した回転レシーブ。
私は真似も出来ないが
非常にハードな戦いの中の体の使い方。
その人達をリードしてきた○○さんが
亡くなったという事。
そして80才であったという事。
私も同じ年令生きてきたのに
この人間的な価値の違いに私はおののいた。

人間として生まれてきて
生かされながら何という差だろう。
そんな事は考える事ではないかも
分からないけど同じ80年という時間を生きて
この大差、とても恥ずかしいと思う。

人間の生命は有限である。
80才という時期は死ぬという事を
常に忘れずに物事を運ばねばならない。
私は息子一人しか生まなかった事を
息子に対して申し訳けなく思っている。
私は5人妹弟。
いざとういう時には血は血を呼ぶ、頼りになる。
私の息子は兄弟姉妹の愛も知る事が出来ず。
かわいそうだったと今胸が痛む。

しかしそれはそれなりに頑張ってもらう。
今さらどうする事も出来ない。
自分の事しか考えない政治家の政筆など
当てにせず自分の力で残る時間を
世の為人の為、そして自分の為に
しっかりと大地を踏みしめて行こうと決意する。






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2013年9月14日土曜日

一人一人が社会の為に何かを背負う

私は10代の頃より京大法学部を目指して
その後アメリカに行こうと考えていた。
出来ると充分に思っていた。

ところが女学校1年生の時
父の戦病死の報が届いた
戦死ではなく戦病死。
これは野垂れ死にだ。

祖父母は、大切な一人息子を失い
母は最愛の夫を亡くした。
そして女学校1年生の私を頭に
妹2人、弟2人、5人の兄弟は
大切な父を失った。

私の家は何もかも全てが狂ってしまった。

当時、日本は若い者も
子供のあるような中年男も
元気な者はみんな戦場へ送られた。

食う物も体を守る道具も何も持たせず、
唯唯、南の島へ兵隊として送り込んだ。
私の父も最高齢の中に加えられた。

私は、昭和の初めの頃から
敗戦国になるまでの様子を書かれた本を
探したが、一冊もなかった。
去年あたりから、総理の言葉によるものかどうか
ぽつぽつ見かけるようになり
その一冊一冊を手当たり次第読んでいる。

でも私の考えている私の父の仇は
一人ではない。
そういう流れを造った人は何人もいる。
「死んでもよい。靖国で会おうよ。」と云って。
それを信じて南の島に、南の海に果てた人達。
この人達を祀っている靖国神社は
常に問題にされる。
その中から私が書く訳にはゆかないが
戦争責任者を全部おろして欲しい。
そして、靖国神社は国家国民の為に
犠牲になったかわいそうな人の為だけの
神社に早くして欲しい。

色々な本を読んでいるうちに
私も80才を越えた今、
ようやく戦争責任者の名前が少しずつ
分かり始めた。しかし、書く事は出来ない。

国家として戦争責任者の霊は
全部おろして下さい。
どうしても祀りたいなら
どこか遠くへ別に作りたい人に作って
もらいましょう。

私ばかりではない私のような立場の人間が
敵の中にも日本人の中にも
数え切れない程いるんだ。
そして、もうすぐ一人一人死んで行って
第二次世界大戦の歴史として
一くくりにされてしまうだろう。

戦争はダメ。何をしてもダメ。
総理がトップに立って出て行かれますか。

苦しみも悲しさも癒え四分の三世紀。
苦しい中を歩んできました。
これでも、私は何かを残して行こうと思っている。









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2013年8月24日土曜日

庶民の大半は苦しんでいる

昨年あたりから、ボツボツ昭和時代の歴史についての
本が出始めた。
大きな老舗雑誌の記事にも掲載され始めた。

私は父を第二次世界大戦で
戦病死という事になっている死なせ方をさせられたので
父の仇を打ちたくて一生懸命本を探した。
明治維新までは立派な文章で書かれているが
その後は書ける人はいなかったのか
書いても売れないと思ったのかほとんどなかった。
ボツボツ出始めてはいるが、直接体験した人は
もういない。
みんな遺族を訪ねたり、その時の様子から
察して書いている。
それでも私は見つかり次第読んだ。

①『昭和史の大河を往く 第1集
  「靖国」という悩み』
 保坂正康 著
 毎日新聞社



















 ②『昭和の大河を往く 第2集
  開戦、東条英機が泣いた』
  保坂正康 著
  毎日新聞社



















③『戦艦大和 最後の証言』
  久山忍 著
 産経新聞出版



















私はこれからも次々読んでゆくつもりだ。
色々複雑な絡まりが沢山あった事はあったらしい。
昭和20年代は、一にも二にも国を立て直す事に
日本人は夢中になった。
だから、みんな必死で働いた。
おかげで食べられるようになり、住む所も出来、
着るものもどんどん新しいものが作られる。
そんな中で高度成長時代を謳歌した。

その初頭の頃、私は社会へ出た。
結婚相手は商人がよいとあまり時代を読めない母。
いやこれからはもうサラリーマン時代だよという
おじの言葉。
そんな時、出会った亡き夫。
タイプとしては好ましかった。
そして、話す事か実に整然としていて
こういう人と生きてゆけば幸だろうなと思った。
しかし、結婚してみると性格的に自分本位、自分中心。
妻は命令に全て従わさせられ、
私は何度離婚を考えた事か。
その夫は61才(その10年位前から体調が悪く
非常に自分勝手な生活をした)で
食道癌で亡くなった。

小さな店を続けるか止めるか考えた。
思えばこれからは私の自由の時代になったんだと思うと
どうせ私も59才。
今から出直す方法もない。
商売は嫌いではない、よし、やってみよう。
と以後は私の考えで事を進めた。
その時、ハタと気付いた。
夫は厳しい人だったけど、
新しい事を生みだす、考え出す事には秀でていたので
小さい店でもひとつひとつ新しいアイデアで事を進めて来た。
私は、唯云われる通り働いてきただけだったと気付いた。
夫の書いてあったメモを集めて読んだり、
本を読む時間も出来た。

そして、もう高度経済成長は終わった。
零細企業の苦しい時期に入った。
政治をする方々はこの苦しみは分からないと思う。
デフレをインフレにする。
私の頭ではよく分からない。
インフレに苦しめられた時の事が忘れられない。
人口が減るから女性も働き手として参加すべし。
それも分かるけど、女性が出て来過ぎると
これ又マイナス面が必ず出てくる。
女性の上司に仕える男性の気持ちはどうだろう。
私は総体的に能力は女性より男性の方が
優れていると思っている。すべての面で。

又、女性は子育てという仕事は絶対欠かせない。
男性がやっても悪くないが、
感性の問題があるので母親が一番。
5・6才までは母の肌に支えられて育てた方が
人間的にベターだと私は思っている。

そうして考えてゆくと昔の日本の大家族主義は
反面非常に合理的だったと思う。
もうそこへ戻れないだろうけど、
姑、姑の教えというのも悪い所ばかりではない。

とにかく政治も大変だろうけど国民一人一人、
恵まれない人がどんどん増えている事も事実。
どうすればこの現実を政治家に分かってもらえるだろうか。





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2013年7月6日土曜日

人間は死ぬまで打ちこめる何かを持つべきだと思う

人間はどんな人生を歩むのか、
過去の事は記録していれば分かるけど
何年も経つと忘れてしまう部分の方が多いものだ。
まして、この先自分は何年どんな道を歩むのか
誰にも分からない。
予想通り生きる人は何%いるだろうか。

幸福に生きたいとみんな思っているが、
人の命の先の事は、どんな立派な人でも
全く分かっていないのが普通だろう。
そこを努力してがんばって、
少しでも佳い道を探りつつ、一年一年
年令を重ねてゆくつれ、歩む道の巾は
狭まってくる。

でも、“もう、いくつだから”という言葉は
すべてを表現していないと思う。
50才の人より70才の人の方が
パワーがあったり、20才、30才の人でも
不幸が重なって人生を終えてしまう人間もいる。

第二次世界大戦の時、
どれだけ多くの未だ未だ先のある人が
この世を去ってしまったかという事は
もう、歴史の中の事になってしまったが。

今年101才の足は動かないが、
頭もしっかりしているし、
常識もその年なりのものをもっている人が
自宅で息子の嫁の世話を受けながら
一日、24時間、一年365日を
しっかり生きて来た。

ふと気が付くと、13人もいた兄妹弟も
みんな亡くなってしまった。
友達もみんななくしてしまった。
夫にも32才の時、戦病死という事で
帰ってくる事はなかった。
娘3人は、九州、東京と
一寸来るという距離にはいないので
なかなか会えない。

近くにいる姪や甥は、
チョコチョコやって来るけど話が全くかみ合わず
ただ会っているというだけみたいだ。
下の息子はもう70才になっているが、
近くにいるので1週間に1回位はやって来て
話もするが、親子げんかもする。

家の嫁とは、
もう50年以上一緒に住んできた仲だから
お互い気心を知りつつも、やはり他人、
どこかかみ合わない所があるらしい。
しかし、姑の好きな所へ車椅子に乗せて
連れて出たり、
子供より手間のかかる人間だけど
これが運命と考えて娘以上に思っている。

私はこの話を聞いて、
人間は、死ぬまで何か一つ二つは
心を打ちこめるものを持っていなければ
悲劇だなとつくづく思った。

目・耳・体全体が老化して
制約は厳しくなっても
それを何とか補助する術を見出して
死ぬ瞬間まで、己の心情を打ち込むべきものを
絶対に育んでおくべきだと思った。
それには若い時から投資しておかねばならない。

そして、苦しい苦しいと思いつつ、
仕事を持って生きられる私を
改めて幸福だと思いたい。




 

 



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2013年3月30日土曜日

NHK放送大学に魅せられて

 年令を重ねてくると、スポーツも歌謡曲も
興味が薄れてくる。

一人で広い部屋にいると何となく物足りない。
音楽をかけてみたり、テレビをかけてみたりしても
面白くない時が多い日が続く。

私は考えを変えて、HNK放送大学を
かけてみた。
様々な要素が出てくるし、私の頭では
理解出来ないようなテーマもある。

でも、この頃考えが変わった。
知らない事が次々出てくるのが
とても新鮮。

つまらない時は、机上の仕事をしながら
HNK放送大学を観る事に決めた。

とても楽しい。
知らない事を聴く事が大変新鮮である。

数日前、たまたま海運業のテーマが出て来た。
私にとっては縁のある話なので
嬉しくなってきた。

競争が激しくなって、人件費を抑えるために
外国人を乗船させている。
これは、私もよく知っていた事だが
その外国の範囲が、フィリピン、台湾、韓国、
インドネシアと続き、更にヨーロッパにまで
及んでいる。
これは初耳だ。

船長、機関長、一等航海士、二等航海士、
一等機関士、二等機関士あたりの4~5名は
日本人。後は、全部外国人。
料理も外国人が作るので、
『英文で書いた日本食の作り方』の本が
よく売れる。

更に、日本郵船はフィリピンのマニラに
商船大学を作った。
私も耳学問だけだったが、テレビから
聴いてみて、とてもはっきりした。
知っている事もあれば、全く知らないというより
分からない項目もある。
それでも私は、半分仕事をしながらテレビに
耳を傾けている。

すっかりファンになった。

私にとっては、訳の分からぬ若い子の歌よりも
連続ドラマよりもずーっと面白くなってきた。
暫くNHK放送大学の視聴者を
続けてゆきたいと希望がわいてきた。












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2013年3月2日土曜日

まだまだがんばります

安倍首相は
 「強いアメリカは、強い日本をもたらし、
 強い日本は、強いアメリカをもたらす。」 と
オバマ大統領に伝えた。

“強い日本” 
何と素晴らしい言葉だろう。
何と新鮮な言葉だろう。
しばらく忘れていた言葉。
世界中が大荷物をかかえている中で
素晴らしい言葉だと私は思った。

さて、しかし、すぐ近くに1000坪位の
スーパーが出来た。
中を一周りしてみたが、腰痛の私は
何も買い物するものもなく、
疲れただけで帰って来た。
大きな駐車場もあるので、遠くから
めざして買い物に来るのだろう。

思えば、私の家から一番近いスーパーだけど
地下1Fなので、エスカレーターを
使わねばならない。
私の大嫌いなエスカレーターで降りて、
又、帰りにエスカレーターで昇って来なくては
ならない。

近隣の従来の小売店が二つ三つ
閉店するだろうと思う。
私の店も零細企業だけど、
本はないので何とかなると思っているが、
今年に入って売り上げが落ちた。
特に、世界の海を周っている日本の外航船が
主な得意先だが、その船の動きがパッとせず
且つ、横浜港へはほとんど着かない。

亡夫の考えた書棚つき車も
出勤する機会が少なくなった。
80%位は、シンガポールで乗務員の交代。
シンガポールは、小さな国だけど、
私は、一度だけ一寸降りた事があったが、
きれいな所だなと思った。
国は小さくても重要な場所で
収益は上げているだろうなぁーと思った。

世界はどんどん狭くなって、小さくなって来た。
この次の大戦争(私はもうごめんだけど)は、
地球とどこかの星との戦争かもしれない。
ロボットをどんどん作って、ロボットに戦って
もらうような戦争かもしれない。

私は、もうその頃はいないので、見られないが、
ロボットの活用はしてみたいと
随分前から考えてきた。
ロボットは、どんどん開発して欲しい。
一人暮らしの老人の相手になったり、
介護したりするようになるのも
そう遠い話ではないだろう。

テレビの中で、チラッと見たような気がするが
ケネディ大統領の娘さんが、もしかすると
日本大使として来るかも分からない。
あの時は、小さなお嬢さんだったけど。
もう、あれから40年。
私も若かった。
あの日の衝撃は、一生忘れないだろう。

父を第2次世界大戦で子供の時に失い、
祖父母と母に育てられた私達、兄弟姉妹。
それでも、みんな何とか一人前に
なる事が出来た。
一番年上の私が、一番見劣りがする。
残る人生、出来る事で
まだまだ頑張ります!

















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2013年2月23日土曜日

100才すぎても母は母

 甥の結婚式が大阪であって
最近、久々に横浜⇔大阪間の新幹線に乗った。
2度目かな・・・?
早い。そして、横浜と名古屋の間は 田園風景。
富士山がきれいに見えた。これも久し振り。
名古屋へ近づくと、ビル、ビル、ビル。
そして、又、京都までの間は田園風景。
京都へ入ると、一寸景色が変わり
大阪まであっという間であった。
大阪も何年振りだろう。

結婚するのは、兄の方。
弟は、私をリードして大阪まで同道してくれた。
華やかな結婚式で、私はもうびっくり。
新郎40才。新婦34才。
私にはピンとこないけど、今はそういう事らしい。

弟によく似た大人に成長していた。
私がこの前会ったのは、4才の時だった?
時間も長く、かなり疲れた。
盛大な披露宴だった。
終わってから、車で淡路島を通り
私の故郷、香川県さぬき市に入った。

淡路島のトイレ休憩にも、大きなスーパーが
24時間営業をやっていた。
夜だったので、周囲の景色が見えなかったのは
残念だった。これも私は初体験。

香川県さぬき市津田へ入り、
小さなホテルとまではゆかないが松林の中。
新しい小さな旅館に、下の妹と2人で宿った。
妹は、旅館業の経営者なのでさっさと事を運ぶ。
姉妹2人で、こうして並んで寝るのは
何十年振りだろうか。
もう、その頃から私の心情は、
ふるさと恋しさの情に変化していた。

朝食は、海の真向の景色の美しい食堂で
和食を頼んだ。
私が昔食べた懐かしい料理が並んでいる。
味噌汁も津田の味。
あぁ、この味だと思った。

上の弟(名和家の当主)が、車で迎えに来てくれた。
素晴らしい松林の中に、八幡様があり、
手を合わせて拝んだ。
子供の頃の祭りの様子がくっきりと
私の頭の中に浮かんでくる。

私がいた頃(昭和時代)は、砂浜がずーっと続いて
海水浴場として、夏はにぎやかだった。
もう砂浜はなくなって、護岸工事で
海から5米位の位置に道路が出来、
松の並木道になっていた。

あぁ、私が父と最後の語りをした砂浜は
なくなっていた。
私が子供の頃、山口町、本町と云って
商店の並んだ道路があったけど
日曜日だという事でみんなお休み。
一寸残念だった。

私は13年振りの帰省だけど、
結婚して60年近く経つ間に5回しか来ていない。
それも用事を済ませ、一晩宿って翌日
飛行機で帰っていた。

お墓に参ったのは、60年振り。
みんなきれいなお墓に変わって、
私一人では分からなかっただろう。
玉石をきれいに敷きつめて、三本の墓が
きれいに並んでいた。

あっちもこっちも見たかったけど
ほとんど昔の姿は消え失せて、
小ぎれいな新しい家に建ち変わっている。
こんな所で家庭の主婦として生きた方が
幸だったかなと思ったりした。
専業主婦を一度もやった事がない私としては
羨ましく思った。

私の生まれた家。
建ってすぐ生まれたので、私と同い年。
79年も経っているとは思えないほど
しっかりと輝いていた。
外まわりも、家の中も、非常に使い勝手良く
改築したり建て増したりして、実に合理的な
住居になっている。

そして、101才の母が待っていてくれた。
「智子が来るなんて信じられなかった。」
さもあろう。
私は、結婚後60年間の間に、10日間位も
来ていないのだから。そして、私を見るなり
「智子。そんな横しまのスーツなんかより
縦しまのにすればいいのに。」
私がデブ子さんだと云う事なの!?
「口紅ももっと明るい色をつけた方がいいよ。」
もう歩く事も出来ない母だけど、
長女の娘を目の前にすると、私が若い頃
よく云っていた事と同じセリフ。
「胴を丸くしないで、背中をすっとさせた
ほうがいいよ。」
私は、腰痛をかばうために、前かがみに
なってしまうのだけど、娘時代の時と
同じセリフを云うので、私は参った。
101才でも、79才の私は、母にとっては娘なんだ。

女・女・女・男・男と、5人の子供を産み育て、
30才一寸で 未亡人になり、
しゅうと、しゅうとめにしっかり鍛えられ、
休む暇もなかったと思う。
休めるようになった時は、自分の足で歩けない。

10人以上いた兄弟達も、全部死んだ。
去年、一番下の弟(私の伯父)が亡くなった時は
かなりショックだったようだ。
友達も大勢いたけど、みんな亡くなってしまった。
せめて5人の娘・息子が元気なのが唯一の
生き甲斐らしい。

私は、普通に話せる母と会えるのは、
もう最後かなと思ったりもしたが、
又、反面、あれでしぶとく生きてくれるかも
分からないとも思った。
5人の兄弟姉妹、全員で会えたのは60年振り。
遠くへ嫁がせるのは、嫌だという人の気持ちも
分かった。
私の心情は、未だ半分ふるさとの余韻が
残っている。
私は、私の道に早く戻って、仕事に励むべし
と誓いつつ。


 










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2013年2月16日土曜日

急ぎ過ぎたね、江副浩正さん。

私が結婚して30年余経っていた頃。
私の年令も50才過ぎていたが、
家庭に1台しかないテレビも自由に
観る事は出来なかった。
夫は、いつ寝て、いつ起きるか
分からないような生活をしていたし。

夫の好きな番組は、どんどん観られるが
私にはチャンネル権が全くなかった。

夫が眠っている間に長ーいイヤホンを
つけて、私の部屋まで引っ張ってきて
(画面は私の部屋で観られるので)
観ていた。

そんな時期のある正月の番組に
江副浩正リクルート社会長と内橋克人と
もう一人はテレビ局の人だったと思うが、
対談があった。

何の気もなく夫の留守を幸に
私はそのテレビを観た。
江副浩正と云っても、私はよく知らなかった。
内橋克人は、2・3位本を読んでいた。
観ているうちに、だんだん魅きつけられ
最後まで観た。

何が私を魅きつけたのか
今ではよく分からないが、江副浩正という
人物が人並み優れたつわものだという事に
珍しかったのかも分からない。

きっと、財界のスターになる人だろうなと
強烈な印象を受けた。
当時は、景気の良いバブル最中だった。
初めて観た江副浩正に魅せられた。

知人にもりクリート社へ勤めていた人もいた。
その人もなかなか立派な人だった。
又、住宅雑誌でも読売から出ていたものを
つぶしてしまう程、リクルート社のものが
よく売れた。
私の心の中には、江副浩正という人は、
理想の財界人の卵だと写っていた。

暫くして、リクルート事件と呼ばれる事件が
ニュースをどんどん華やかにするほど
有名になった。
各界の上層部の人に、リクルートコスモス社の
未公開株を、次から次へとばらまいた。
出世を急ぐというか、早く一流人になるための
一つの方法だったのだろう。

そしてその株が上場され、もらった人達は
大物ばかり。沢山の利益を得た。
詳しくは覚えてないが、世間を大騒ぎさせた事は
覚えている。その後、江副浩正という名前は、
ほとんど出なくなった。

2月9日のネットに、江副浩正の亡くなった事が
出ていた。翌2月10日の日経新聞では、
“春秋”というコラムの欄に出ていたのみ。
執行猶予付きの有罪が確定してから
ちょうど10年。
もし、こういう早業をやらずに
通常通りの道を歩んでいたら、
きっと、一流の経済界の大物になっていたと
思う。

リクルート出身の優れた経済人は何人もいる。
しかし、本人は汚名を残したまま亡くなった。
私の心の中には、あんなに優れた人を
むざむざ社会の悪人として死なせてしまった事が
とても心惜しい気持ちでいっぱい。

人間の人生は、真っすぐな道を道なりに
歩んでゆけば、どんな人でも何かが出来る。
急ぐ事はなかったのに。
普通にやっても充分出来た人だったのに。

私は、独りで日経新聞のコラムを何度も読んだ。
そして、江副浩正という才ある人が
道を急ぎ過ぎた事を、とても残念に思っている。







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2013年1月19日土曜日

元気に感謝しながら生きてゆきたい

株価も一万円を突破し、円もほどよく動いているようだ。
株を持っていなくても、株価が上がるという事は
こんな時期には人の気持ちを明るくする事は
間違いない。

しかし、成人の日という日に13年ぶりの
大雪が降り、その後の天気も晴々とはせず
気温が非常に低いので、 雪の塊があちこちに
残っている。13年前、高いスコップを買ったのが
やっと今回使えたけれど。

寒いと どうしても外出したくない。
商店街は、雪以来、人出が少ない。
みんな売上を落としているだろう。
是非、必要な物は、スーパーで用を
済ませられる時代。
あるいは、ネットでも買える時代。

私が、商売を始めた半世紀前には、
伊勢佐木町通りにもデパート3軒。
映画の封切館は、日活・松竹・東宝・大映・新東宝 と
全部あった。
今は、デパートも映画館も全部消えてしまった。
小さな映画館が裏通りにあるばかりのみ。

そして、代わりにパチンコ・パチスロ・
その他のゲーム屋の立派な建物が10軒以上
出来て来た。
これを時の流れというのだろうか。
時代の変化と云うべきなのか。

昭和一ケタ生まれの人間にはなじめない。
私も20代初めの頃、夫に引かれてパチンコ屋へも
何度か通った。
一つ玉を入れてガチャン。
又、一個玉を入れてガチャン。
時々、ザラザラと出てくる。
ボツボツやっていると、手元の入れ物が一杯になり、
夫の手が入ってくる。不思議にボツボツやっていると、
きっと私は元がとれていたと思う。
それを全部夫に持って行かれるので、結果として
二人共パーになってパチンコ屋を出る。

あの頃、若い女性など一人もいなかったので、
周囲の人が何だろうという顔でジロリと見られていた。
でも、独りポツンと待っているのもしんどいので
こんな事を繰り返していた。
それから、昼すぎに横須賀のスーベニア通りの
英文の本屋を開店する。

英語のイントネーションが悪いと云って叱られ、
応待が悪いと云って叱られ、毎日毎日、
私は一生懸命に働いたつもりだったけど
叱られ通しだった。

それでも私は、大学へ行かせてくれるという
約束を信じて、その勉強をしながら家事もし、
横須賀のアメリカンネイビーに通じる英語を
必死に喋っていた。
叱られても、殴られても、
どこかに 私を魅きつけるものが、
夫にはあったのだろうとしか思えない。

逗子の借り部屋を出て、池子へ土地を買って
20坪位の家を建てた。
材木は夫の実家の佐藤製材から、
全部送ってくれて、出入りの大工さんも
香川県から寄越してもらって家は建った。

以来京急に乗ると、神武寺の付近で
横浜へ出てくる時に売った家だけど
窓から必ず覗いてみる。
やっぱり、懐かしい。
私は、79年生きた中、津田の空気を
吸ったのは20年。

後は、すべて神奈川県。
横浜へ来ても、もう50年以上。
それでも、ハマッ子にはなり切れない。
生まれた土地は、一生身についているのかと思う。

横浜も大好きな土地だけど、
ふるさとは遠くにあるけど、やっぱり懐かしい。




残る人生を夫に「守って下さい」と仏壇の前で祈りながら

やっぱり一生懸命働く事の毎日が繰り返される。
「有難う」と私は、周囲の人に、みんなに
心から思っている。
元気なかぎり、私は勉強しながら感謝しながら
生きてゆきたい。


 人生も 終わりに近くなったけど
           胸の希望は 未だ 大きく


 まだやれる 信じて歩むこの命
           生きたあかしを 残してゆきたし 








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2012年10月27日土曜日

頼りにしています 石原慎太郎様

国民が選んだ民主党だけど、途中で半分壊れ
総理になる人に人物が得られず、
立派な人もいるんだけども、
先ず、内閣は総理を匹頭に、一日も早く
止めて欲しい、というのが
現在の国民の大部分の気持ちだろうと思う。

何も事が進まず、対中国、対韓国の
国境線の問題にしても、
総理は 手の打ちようがないように
私には見えてしまいます。

消費税をあげる事についても、
この不景気の中ではお客さまから消費税を
もらっても、その金を決算期に商人が国へ
支払わないというケースも多分出てくると思う。
私も先日、一年間の消費税を支払ったばかりですが、
本当に苦しい状態です。
私の経理士さんは厳しいので、
「何月何日までに支払う事。」と
はっきりきつく云われますので、先ず、消費税を
支払ってからと考えましたが、
中には支払わない事業者も多いという事を
耳にしました。
そうなると、消費税をあげても国家には
100%入って来ないでしょう。

もっと、他の方法を考えるべきだと思います。
このまま解散もせず、国の仕事はどんどん遅れ、
そうでなくても世界的不景気の中で、
どうなさるつもりですか?
いつまでも総理の椅子にしがみつかないで下さい。

石原さんは、80才。
もう若くはありません。
しかし、若い人の中に人物がいない現在、
石原さんなら野田総理よりは優れていると
私は思っています。
どんな形になるにせよ、
こんなに大きく世界の動いている中で、
日本だけ取り残され、国境線は押し進められ、
それでも何の手も打てない野田総理は、
一刻も早く辞めて欲しいです。
私は、トータルとして石原さんを選びます。

どんな形になるにせよ、
一刻も早く日本国家を立て直さなくては
日本人は現総理ではあまりにもみじめです。
石原氏にもクセがあると思いますが、
それでも 
“ 一日も早く態勢を変えてほしい ”
と大きな声で叫びたい思いです。












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2012年4月14日土曜日

地球人として生きてゆくには

私は、年間5日間しか休まないので、
少々ひがんで云っているかも分からない。
企業や個人商店が休むのは構わないんですが、
公の銀行、病院、各種公共機関の事務所が
休日になるのは本当に困る。
土日が常に連休、そして、祝日の代替休業。
特に、ゴールデンウイークと云われる
この休みが大変つらい。

みんなと一緒に休んでいては店が成り立たない。
せめて、代替休業は止めて欲しい。
唯、休むだけで何の行事もなく、
国旗を掲揚することすらしないのに。

休まず働いている人が未だいます。
海運業の乗組員の方々です。
まとめて休みはとれるけど、海上にいる間は
休みなしです。

世界の重心は、西から東へ移動して来た。
大東亜共栄圏の時代になった。
(懐かしい言葉を一寸使ってみた)
そして、又、世界の物流も変わる。
ミャンマーのダウェイという港を利用すれば
魔のマラッカ海峡を通らなくてもよくなる。
海運界にとっては、朗報ではなかろうか。

日本は、島国です。財産は海です。
だから、重要なのは海運業。
海運業の発展こそ日本の向上です。

今、東アジアのハブ港は、韓国や中国にとられている。
日本も、もっと港湾業に力を入れて
横浜・東京・神戸は東アジアのハブ港に
するべきだと思う。
東南アジア人は、もう日本の中にとけこんでいる。
東京の大久保、横浜の若葉町etc。

この中で私達日本人は、どういう生き方をすれば
国家の為、世界の為に、そして、幸せになるのだろうかと
私は、いつもいつも考えている。


 

◆ ◇ ◆  今日のおすすめ! ◆ ◇ ◆



















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2012年3月17日土曜日

振れ合う袖

今朝のテレビで、引き取り手のない預金が
各銀行に何億単位でたまっているとか。
中には、亡くなっていない人もいるかも分からないと思う。
日本も、昔のように長男が家業を継ぎ、嫁をとり、
大家族主義中心であった頃は、
こんな事もあまり起きなかっただろうが。

しかし、現代は生まれた所で、一生を過ごす人は
何割いるのだろうか。
私は、5人の妹弟(兄弟)だけど、生まれた土地に
住みついているのは、一人。
他の四人は、熊本、香川高松、横浜、ニューヨークというよう
になっている。日本国内ばかりでなく、私のいとこ達は、
何人も外国へ渡ってしまっている。

学生時代に使っていた銀行とは、縁が無くなり、
金額が多ければよいが、いささかの金額では
手続きの手間がうんとかかるらしいので、
一寸大変なんだろうと思う。勿体なーい。

グローバル化になった世の中には、私など知らなかった
こんな事が、他にも沢山あるだろうと思う。
私は、書店という小さな店の中で、50年余
ひたすら本を観て生きて来ただけ。
知らない事が、いっぱいある。

去年の2月頃に、毎日のように通った銀行で
ある日、銀行のフロアーマネージャーのような人から
「佐藤さん、僕、3月で定年退職です。長い間、有難うございました。」
という挨拶を受けた。この方は、随分しっかりした男性で、
背も高くなかなか切れそうな人だったので、
私は、分からない事があると、先ずこの人に聞くことにしていた。
私の質問に答えられない事が無かった。
そして、より詳しくは「誰々に聞いて下さい。」と紹介してくれる。
本当に頼りになる人だったので、
私は、「あぁもったいない、こんなに仕事の出来る人でも
定年になればいなくなるのか。」と随分がっかりした。
私は翌日、お世話になったお礼の手紙を書いて持参して渡した。

3ヶ月位経った頃、「ユニホームを返しにきたんですよ。」と云って、
お菓子を持って訪ねて頂いた。そんなに近くもないにわざわざ。
「又こちらへいらしたら寄って下さいね。」と云ったら、
「もうこの辺には来る事は先ずないですね。いい職場でした。」
という返事を聞かされ、私は随分悲しかった。
もう、10年以上いたように思う。
しかし、何の関係もない人に、いくら素敵な人でも
もう再び会う事はないだろう。残念だなぁーとつくづく思った。

こういう事は、人生の中で沢山ある。
有名な人は別として、普通の人は、会っては別れ、会っては別れを
繰り返して生きているのだ。

縁あって一緒に仕事をするようになった人などは、
血肉を分けた親子兄弟よりも、密度の濃い人間関係にもなる。
人は人に助けられ、人は人を助けつつ、
人生という時間を何も事無く生きる事が一番の幸せかな
と思う年齢に到達したのかなー。
もっともっと振れ合う袖を求めて歩みたーい。


今回は、一寸変わった本を紹介いたしましょう。








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2011年8月20日土曜日

世界戦国時代

私のような人間には詳しい事は分からない。
唯、肌に感じる空気のささやきが、胸をしめつけるような気分になってしまう。
とにかく従来どうりにはいかないぞと、何となく心の中に不安が芽生えてくる。

もうすぐ日本のトップ、総理大臣が決まりそうだけど、メディアの、報道だけ信じていても、誰がベストなのか
全く分からない。
思へば 菅総理は何もしなかったのだ。  運も悪かった。 3・11は菅総理でなくても大変難問題で
あった。

スーパーマンは出てきそうな気配は無いけれど、国民の一人として、望みたい事は三点ある。
     1  外交力に長けている方。
     2  日本の資源は 海と技術力 だからそれを充分に生かしてくれる力量のある人
     3  何よりも国家国民のことを最優先に考えていただける人

以上の3点ですが、細かく云えば、まずこの際、国会議員の数を半分にして、一人あたりの報酬も
3割位減らしてほしい。
そして 選挙演説でいいことばかり叫ばないでほしい。

大連合は反対です。太平洋戦争も、実質上大連合のような形になっていた。それがどんどん拡大され
止めるパワーがなければ国は傾いてしまいます。

政治家を望むなら、数のなかの一人になって報酬をいただくのではなく,一身を国家にささげる覚悟を持って立候補してください。
そういう風潮が殆ど失せてしまった今、声を大にして叫びたい。

歴史の本を読むことです。さすれば過去の過ちがわかります。行き過ぎが見えてきます。
歴史を学びましょう。これは国民みんなの仕事だと私は考えております。
柔道がうまくても政治には無関係。テレビの司会がうまくても、政治力とは異質のもの。
勉強しなければ誰にでも務まるものではありません。

もうこうなったら 衆議院の総選挙をやっていただかないと、国民は納得できません。

戦国時代です。難しい戦国時代です。腹をくくって立ち向かいましょう。、



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